前世・過去生のエピソード

前世・過去生のエピソードに関する補足

ここで語られる、エピソードの内容は、僕のヒプノセラピーにおいて体験した内容が基礎となっています。

あゝ、あの時⋯。

僕は、日々の中で今日の延長線上に明日が来ることを疑う事など生きてきて思うこともなかった。

そういう何度も同じ過ちを繰り返してきてその度ごとにかけがえないものを、僕は失ってきたのかもしれない。その時だってそういう連鎖的な不安は将来にも決して払拭できないのだという諦めにも似た感覚がいつも亡霊のように、黒い影となってつきまとっていた。

結婚生活が十年ほど経った頃、それまでの僕たちの環境が少しずつ変化し始めていた。

それは初めは小さく些細な取るに足らないような事。例えば、ちょっとした言葉のすれ違いだったり、でも決定的なものでないものだった気がする。でも大概はそういう時は心の奥底が不快感にざわつくのだ。

ただ、そういう認識の些細なすれ違いのようなものが、やがて、それほど時を経たない間にあっという間に関係性が形を変えてしまい、そうしてようやく気が付いた時には僕たちの結婚生活は決定的に修復できないところまで姿を変えてしまっていたという気がする。もちろんこれは僕の一方的な見解だから、公平な意見ではないだろう。

僕は、自分が一番大切だと思っていたものを避け自らの手で壊していたのだ。

そして、それは突如寸断されたように終わりを告げた。

手のひらの指の隙間から砂が零れ落ちるように、何もかもがすり抜けていってもう二度と戻らないような。いや、もっとかもしれない。半身を力づくで引き裂いたような、土手っ腹を大砲の弾で撃ち抜かれてポッカリ風穴が開いてしまったような、そういう根本的な修復が不可能なもっと決定的なものだ。

いづれにせよ暫く僕は喪失感のような無気力感から抜けられずにいた。

部屋の時計も電池が切れたままだった。自分の中の時計が止まってしまったのだ。

全てが無。
魂の抜けた殻。

僕の人生にはなにか意味があるというのか?

一体、こんな命になんの価値があるというのか?

人間の関係にはどんな意味があるのか?過去生からのカルマがあるのか?

大体なぜ僕は存在するのか?

誰もが自分の人生の主人公は自分以外あり得ないのに、僕はそんな事すら忘れてしまっていた。

誰も人生を担ってはくれはしない。

僕の人生は僕以外には生きられないんだ。

変わるべき時が始まっていたのかもしれない。

人生の中で酷く辛いと感じた経験があったからこそ、僕はその選択をせざるを得なかったのかもしれないし、離婚の経験がなければ僕は全くそんな事は考えなかったはずだ。

ましてそれに辿りつくことも決してなかったに違いないと思っている。

起こるべきことは起こる。

ということなのかもしれない。

2013年12月31日

その年の最後の日と新しい年の最初の日のはざまで、僕はあるアイデアが頭に浮かんでいて、それをかき消せずにいた。

退行催眠療法(ヒプノセラピー)は、今の自分にとって非常に有効なんじゃないかと感じていた。答えがそこで見つかるかもしれないという不思議な感覚がその時あったのだ。

僕はずいぶん前から生きることの意味を探していた。本やネットの世界のどこかにそんなものの答えが落ちていないかと思っていた。けれども、調べたり何かを読み漁ったりしてもどれもしっくりくるものがなかった。世界中の霊的に指導的なマスターと言われている人たちの言葉は理解できたが僕にしてみればただ、それだけだった。

人生はただただ希薄だ。

僕はそう思っていたし、そのことが無性に嫌で仕方がなかった。

自分の外側に、自分の今求めている答えがあるとは思えない。そう思い始めていた。

もし、僕自身が自分自身の何かを取りもどそうとしていて、それが自己の探求に他ならないならば、その向かうべき先は自らの内の他に一体どこにあるっていうんだろうか?

だが、そもそも、自分ってなんなんだ?

僕はそんな思考の輪の中をグルグルしていた。

退行催眠療法を自分の事として受けてみようというアイデアがふと浮かんだその時、頭の中に光が光ったような感じがした。

結局僕はその元日の夜中中濛々と思案していたが、ノートパソコンを開くとほとんどなにも考えず衝動的にネットの検索で最初にヒットした一番上のセラピストにメールをしていた。

日を置かずに返事が来て僕のセッションの日取りが三月に決まった。決まってしまうと僕は急に不安になった。こんなことして何になるんだ。無意味な事をきっとしているに違いないとさえ思ったが、とにかく何かを変えるって決めたのならジタバタしてみようと自分を吹っ切ってみようと思い直したりした。

期待と不安が混じったような、体から魂が浮いてしまったような妙に感情がその日まで続いていたが、日々は忙殺されセッションの予約の日は直ぐにやってきた。

そしてその日、僕は朝一の新幹線に飛び乗り東京に向かっていた。

すでに僕の長い旅が始まっていたことを僕はまだ知らなかった。

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