01 羊飼いの子

丘陵の草地での出来事

ある羊飼いの少年

羊飼いの少年が、数いる羊のうち一匹を見失ってしまい、大切な財産を失ってしまったと岩肌の剥いた草地で落胆していた。

ずいぶんと方々を探し回ってはみたけれど羊は一向に見つかる気配がなかったからだった。

少年は目の前と、胸の奥底が奈落の底のように真っ暗だった。冷や汗やらがでてくるし、訳のわからない不安に押しつぶされそうで息ができなかった。

そしてほとんど諦めてその場に突っ伏していた。

そこに、預言者と呼ばれているお方が、パール色の着物に杖を携え通りかかった。肩には編み込んだ肩掛けバックを下げておられる。

「やあ」

そのお方は、少年を見るなり微笑まれた。

しかし少年にはその微笑みが見えなかったが、光が現れたように感じられた。太陽の方からやってきたので、そのお方の周りが金色に輝いて少年には見えたのだ。

「ミルクを一杯もらえないかい?」

そのお方はそう言われて岩陰に腰を下ろされる。

少年は乳の張った雌羊を捕まえ、瓢箪をくり抜いたカップにミルクをたっぷり注いでそのお方に差し出した。

「いい乳だ」そのお方はゴクゴクととても美味しそうにミルクを飲み干すとそう言われた。

少年は黙ったまま頷いた。

「ところで、君はとても落ち込んでいるね。もう直ぐ陽も暮れる。そうだろ?」

少年はそんな事を話していいものかとも思ったが、居ても立っても居られなかったのでこう言った。

「ええ。あ、あのー、ラビ(先生)、実は羊が一匹いなくなってしまいました。方々探したけれど、見つからなかったのです」

少年は今にも泣き出しそうです。

「そうか。それで、こんなところで君は辛い思いをしていたんだね」

するとそのお方は空をふと見上げ、フーッと息をお吐気になり、両手をパンとお叩きになる。

「ちょっと、ここで待っていなさい。いなくなった羊を見つけてこよう。なーに、こう言うのは得意なんだ。決してここを離れてはいけない。いいね」

そのお方はニコリと微笑みウインクをすると、そう言うが早いか、丘の上を颯爽と消えていくのです。

しかしこの時少年は希望の光が心に満ち、もう不安ではありませんでした。
きっとあのお方が見つけてきてくれる。なぜだか心からそう思えたのです。

どれくらい経ったでしょうか。

陽も少し影っていましたから、だいぶ時間は過ぎていたと思います。

遠くから風に混じって、聞き覚えのある鳴き声と共にあのお方が戻って来られたのです。

「やあ。待たせたね。随分と遠くまで行ってたよ。岩陰で怯えて動けなくなっていたんだ」

少年は羊に駆け寄り抱き上げました。

嬉しさが溢れて、涙が止まりません。

そのお方は少年の傍に腰掛け、愛おしそうに少年の頭を撫でられこう言います。

「ヤコブよ。この羊はもう君にとっては大切なかけがえのない羊だ。
愛おしくてたまらないだろう。どこに居ようと、この羊だけは見失うことがない。
そう言う羊だ。
なぜなら、一度失って、君のもとにこうして戻ってきたのだから」

それだけ言われると、そのお方は、羊飼いも行かない荒野と呼ばれる方に向かって、
歩いて行ってしまいました。

少年は、礼の言葉も言えぬままでした。

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