旅立ち
翌朝早く、弟は宿を立ち西へと向かった。
憧れていた大都会に向かうためだった。
途中、街道沿いでペルシャの大きな商隊と出会い、彼らに合流させてもらうことにした。
大きな商隊だったので、ゆっくりとした足取りで水辺伝いに行くことになり幾分遠回りにはなるだろうが、盗賊などの危険を考えれば安全には変えられないと思った。
弟は隊長に幾らか礼金を支払い、身の安全を保障してもらった。
「安心、する、いい。お前。我々、同じ。安全」
隊長は、そう言って目の奥をキラリと光らした。
彼は皆に尊敬され、慕われていた。
商隊には女奴隷達もいて、身の回りのことは、甲斐甲斐しく彼女達が世話を焼いてくれた。
食事のときなどは、パンも焼いてくれたし、時折、羊を潰し、煮て、皆の分から肉を分け弟にも配ったりした。塩味がよく効いて脂も旨い肉だった。
二週間ほどで商隊は目的地の大きな街に着いた。
弟は商隊長や、仲良くなった異国の者たちに別れをいい、夢にまで見た都会に繰り出した。
見紛うばかりの高層の建造物に圧倒されながら、街の喧騒の中を流されながら歩いた。
通りには旅人相手の露店や異国の食べ物もごった返していて、珍しい果物などを見てはつまみ食いをしたりしているだけで楽しかった。
弟は、家を買うか借りるかを考えていたので、そう言う人物を探したが、
夕方前には土地持ちの裕福な男が、
「気に入ったのなら、どれでも好きに使ってくれて構わない」
と言い、少し街はずれのところにある小さな家に弟を案内させた。
彼は一目見て二つ返事でそれを買った。
今にして思えば朽ちたところもあり、その値段で折り合ったのかはわからないが、とにかく弟は小さいながら自分だけの城を手にしたのだ。
しかしそれでも弟の手にした財産はまだ豊かに残っていた。
翌日からは、いろんな商人が彼の家を訪れ、調度品やら、敷物などを売っていった。
弟は市場で奴隷を何人か買い家に住まわせた。彼らには恥ずかしくない服を与えると、弟も家の主人としてそれなりに見えるようになった。
時折街へ繰り出し、酒を飲んでは知り合った男達をよく家に招き入れては宴を開いたりした。人が人を呼び、時には盛大な宴になったりしたが、支払いはみな弟が払った。街ではこの事が噂にもなったりした。
もともと色好みで女好きだったが、田舎暮らしにはない都会の背徳な世界は弟をすっかり魅了した。
娼婦の家にも入り浸るようになり夜な夜な酒と女の柔らかな肌に興じたが、最上の悦楽を味わい酔っているつもりでも、なぜか彼は、心の中ではいつもいつも物足りなさを感じていた。
それでもこの街では世界中から女達が集まっていたので、弟を飽きさせるには十分ではなかった。
もっともっと。もっとだ。
そしてそのことが一層そう言った世界へのめり込むことに拍車をかけたのだった。
秋の麦の収穫が終わる頃になると、弟のそうした自堕落な生活はすっかり板についていた。
しかし、持分の財産も少なくなっていることに弟は気にも止めたことがなかった。
弟は、一生を遊んで暮らせると思っていたからだった。