1 故郷への道
ある地方に豊かな土地があった。
水が湧き、広大な敷地にナツメヤシも茂り、穀物を育てるにも適していた。
その一族の長は老いてはいたが、老いてもなお羊や、牛や鶏を養い、農作業にも精を出した。彼はチーズを作り、皆で毛糸や植物の繊維で布を織り、それを商った。その他にも塩やスパイスなども遠くから運んできて商ったりもした。一族には使用人も多く、皆豊かに慎ましく暮らしていた。
彼らに必要なものは皆その土地が与えてくれていたからである。
長には二人の息子があった。長兄とその弟である。
ある日弟が長にこう言った。
「父さん。私が継ぐべき遺産を頂きたいのです」
長は突然の事に悲しく思ったが、それはこの弟の正当な権利だという事も分かっていたので、「よいだろう。それでは律法に従いきっかり、わしの財産の三分の一がそなたの取り分だ」
長は、羊や牛の他に、上物の上着や、敷物、油壺、銀製の食器、宝飾品。
それらをきっかり三分の一を上等な革袋に入れて、長は、弟に渡した。
弟は次の日のまだ朝靄が白むうちに、分与された財産を持って家を出た。
バザールに向かい、旅には不向きな羊たちや牛は、それぞれ一番に高値を取り付けた男に渡し、
金と銀に換え、荷を軽くしそれを元手に中腰のロバを二頭買い旅支度をした。
得た財産を守るための用心棒の男たちを雇う頭はなかったが、それに変えて護身用に飾り柄のないよく切れそうな剣を買った。
脅しくらいには使えるだろうと思った。
そして、その日は近くの町に宿を取り、羊料理と上等のワインを飲んだ。
地上で自分ほど自由な人間は、他にはいないという気がして気分が良かった。
自分が決して節操がない人間だとはそれほど思ってもいなかったが、
自由と財産を手にし高鳴る気分の高揚を抑えることができなかった。
やがて酔いに負けて眠りにつく時に、見上げた夜空がやけにキラキラと輝いているが目に入った。
ここは、まさに地上の楽園。
世界が自分を祝福していると思った。